茨城県稲敷市にある『ともくんのカフェ』を小説風に紹介してみた!
「甘いだけじゃ世の中渡っていけないんだからね!」
この二人の物語は、いつだって叫び声から始まるのだった。
美由紀の怪我は決してひどいものではなかったので、入院などすることなく、ちょっと塗り薬を塗ってガーゼをかぶせたくらいで、大事には至らなかった。しかし彼女は見ての通りご乱心だ。
ことの発端は敷島が無意識に口にした言葉だった。
「優男の宿命は尻に敷かれるか、カマキリみたいに頭もぎ取られて食われるかのどっちかだから」
どうしてそんな馬鹿なことを口にしたのか、それはさらに一時間前にさかのぼる。
茨城県稲敷には海岸、と呼ばれる名所がある。無論、稲敷には海はないので、必然的に海岸も存在しないはずなのだが、そこは確かに「海岸」だった。波が押し寄せ、船主からは釣り糸が垂れている。黒人並みに黒く日焼けしたダンディズムの申し子的な男性の姿もちらほらとあり、海岸と呼んでそん色ない場所だった。
花見を終えた二人は、「どうしても海が見たい」という美由紀のわがままから、このはったり海岸へとNBOXを転がした。はったり海岸では数名の釣り師と、数名のやさぐれヤンキーがたむろしていた。日常に溶け込んだ風景だった。
「稲敷にもこんな場所があったのね」と、美由紀はご機嫌でいった。
「そうなんだよ、僕も見つけた時はびっくりしたさ」
二人は仲良く波押し寄せる際まで歩を進め、そこで立ち止まった。
「こうして風に吹かれていると、嫌なこととか不安なことがどうでもよくなっていくね」美由紀はいつになく、優しい声で囁いた。
「そうだね。田舎暮らしもなかなか悪くない」
「うん、だからわたし……」
「よお、お二人さん」
例にもれず、声を掛けてきたのは金髪の若い青年だった。
「仲良くしてるところわりぃが、そこは俺らの釣りスポットなんだ。どいてくれるか?」
「あ、はい!」
妙に上ずった声になってしまって、敷島は一人赤面していたが、美由紀は全く気付いていない。それどころか、
「釣りって? 何ももってないじゃない」
と、ヤンキーに向かって挑発的な言葉を投げかける。
「あん?」
「言い訳しないで言いなさいよ。うらやましかったんでしょ、私たちが」
金髪青年の後ろから、異変を察知して、わらわらと二人のヤンキーがこちらに近づいてくる。そのうちの一人は、決して正規の使い道で使われることのないバットを持っている。
「すすすすすみません!」
二度素早くお辞儀をして、敷島は美由紀の腕を取った。頑として動く気配のない美由紀をなんとか引っ張り、車まで向かう。
「なんで逃げてきたのよ!」
美由紀のボルテージは徐々に上がりつつある。敷島は真正面から彼女の目を見ることができず、シートベルトをつける真似だけをしてごまかした。手が震える。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。喧嘩したっていいことなんかないだろ?」
「このいくじなし!」
負け惜しみのごとく、敷島がふっと笑う。
「優男の宿命は尻に敷かれるか、カマキリみたいに頭もぎ取られて食われるかのどっちかだから」
次の瞬間には、敷島は自身の身に一体何が起きたのか、全く見当もつかなかった。さっきまで車に乗っていたはずなのに、今は地べたに肘をつけて寝転がっている。体が痛む。関節が軋んだ。
NBOXは美由紀だけを乗せて走り去っていった。敷島の目の前に三つの黒い影が近づいていた。
なよなよした敷島のことが、美由紀はどうしても許すことができなかった。たった三人相手に動揺する額汗も、なかなか閉まらないシートベルトも、なかなか結婚に踏み切らない決断力も、すべてが。だから彼を押し倒して、車から出させたのち、意気揚々と運転席を奪ったのだ。それでも敷島のそばにいるのは、いったいどうしてなんだろう?
いらいらすると、美由紀はおなかが異様に減る性分で、だから彼女は、稲敷市中山の菊地ビル一階にある『ともくんのカフェ』に無意識に到着していることを何らおかしいとは思わなかった。本能だった。
木を基調とする洒落た店内に入り、まず目に入ったのはプリンだ。『ともくんのぷりん』と銘打たれたプリンは小ぶりながらも異様な存在感を放っている。美由紀は、五個注文した。
早速口にする。甘い。しかし、甘いだけではない、上品な舌触り。これは……? 美由紀が息をのむ。
しっかりと卵を感じることのできるふんわり感。美由紀は「最上級の飲み物」と評することにした。ずるずるといける、そんなプリン(個人的な感想です)。
スプーンですくう。「おや」と、美由紀は独り言を呟いてしまった。スプーンが重力だけを頼って、すっとプリンの中に潜り込んだのだ。それはさも、真冬、こたつの中に潜り込む猫さながらに、自然な動きだった。特に力を入れる必要がない。
口に入れる。ふわふわとした触感で、スポンジのようにきめ細かい。
味は市販によく売っているような、砂糖ばかり入った甘すぎるプリンではなく、しっかりと卵を感じられる自然な甘みだ。那須の御養卵を使用したと銘打っているだけあって、甘さの中にちゃんとしたうまみを感じることができる。
美由紀はよく、コンビニに売っている300円くらいの『俺のプリン』を買って食べる。あれはあれで卵の味を感じられるし、量も多くて満足なのだが、このともくんのぷりんに味の面では敵わないだろう。『俺のプリン』は量が多すぎて、半分くらい食べてから「あれ、私って今何を食べているんだっけ」という謎の現象が多々起きる。なぜだか茶わん蒸しを食べているような気分になってしまうのだ(美由紀の個人的な感想です)。
しかしともくんのぷりんは茶わん蒸しを食べているような錯覚には陥らない。最後までプリン。そして底にたまったカラメルを絡めると、卵の風味を残しながらも味変され、二つの味を楽しむことができるこの喜び。アトラクションに乗っているようなワクワク感やー。
五個のうち三個のプリンを平らげ、美由紀は車に戻った。今ではすっかり気分も落ち着き、自分がしでかした悪行を反省するくらいには、正常に頭も働いていた。
NBOXのエンジンを掛ける。
「迎えに行ってやるか!」
来た道を引き返し、再びはったり海岸へと車を走らせる。その道中、顔をあざだらけにした敷島が、なぜかにんまりとした気味の悪い笑顔で歩いている姿が見えた。美由紀は声を掛けようとして、はたと、息を止めた。
髪の長い、肌の白い美人が敷島と一緒に歩いているのだ。敷島は女の肩を借りて、引きずる足の支えをしてもらっている。
ふつふつと、怒りの熱がぐらつく。
「甘いだけじゃ世の中渡っていけないんだからね!」
窓を開け、叫ぶ。敷島の耳には届いていないようで、美女と二人仲睦まじく歩いているだけだった。
「ばーか!!!」
車が敷島の横を通り過ぎる。二人の速度、向いている方向、何もかもが違って、美由紀は視界が曇って運転に集中することができなかった。
『ともくんのカフェ』
営業時間:11:00~20:00
定休日:日曜日、月曜日
追記
美由紀と敷島のこれからが気になって眠れん。
早めに食レポ小説を上げなければ!!
美由紀と敷島の物語を追いたいなら、まずはこの記事を読むべし!
↓