inasikinohanasi日和

茨城県稲敷市地域おこし協力隊が稲敷について語ります。

稲敷駒塚にある『グリーンヘブン』を小説風に紹介してみた!

 ひいき目に見ても、大惨事は必至だった。

 県道49号線に引かれたブレーキ痕は、弧状に広がり続け、反対車線を走る車を何とか回避しながらガソリンスタンドの看板に大きなひずみを加えた。整体院から女性客が出てきたかと思えば、耳を防ぎたくなるほど明瞭な悲鳴声を上げ、ガソリンスタンドの店員はノズルを地面に落とし、口をあんぐりと開けるばかり。

 当の車は、蜘蛛の糸を張り巡らしたくらいでは済まない程度の亀裂をフロントガラスに刻み、運転手の白けた顔が丸見えだった。

 名も知らぬひょろひょろ男が瓜田に近づいた。口を開けて喋っているようだが、耳鳴りのせいで瓜田には全く聞き取れなかった。

「――ですか?」

 口の動きだけで推測するに、だいじょうぶですか? とほざいているのだろう。いったい誰のせいでこんな悲惨な目に遭っているか、このひょろひょろ男は分かっているのだろうか。

 右目だけで伊奈帆を見た。左瞼は血で覆われて開けることができなかった。痛みはないのに、脈打つたびに傷がうずいてしょうがない。

 伊奈帆は人違いかと疑心するほどひょうひょうとしていた。相変わらず穿いているスニーカーは真っ白で、タイトパンツには皺ひとつない。表面ばかり気にして奥まで読み取ろうとしない、彼女の性格が着ている洋服にまで転移していた。

「救急車!」

 声を上げたのはなよなよ男でも、伊奈帆でもなく、その辺を歩いているソバージュのおばさんだった。

「はやく! もうなにしてんの!」

 目の前の若者二人が使えないとみるやいなや、おばさんは懐から自身のスマホを取り出して、救急車を呼びだす。次第に瓜田の前には人が集まってきていて、道路は通行止め状態。クラクションが鳴っても気にするそぶりも見せない。そのうちに怒鳴り声がして、瓜田は頭をおさえずにはいられなくなった。ミミズが這うように、鈍痛が頭に巡っていく。

 救急車がやってきたのは、それから二十分してからだった。どうやらこの通行止めのせいで足止めを食らっていたらしい。担ぎ込まれてすぐに救急隊員が息をのんだ。通行人のワイシャツをぐるぐる巻きにして何とか止血していたものの、今となっては真っ白だったそれも、真っ赤に染め上げられている。遠のく意識を無理やり起こすことはもうできそうもなかった。

 

――という想像を、車道に飛び出した瓜田は、一瞬のうちにして見せた。甲高い急ブレーキ音が、鼻先をかすめていく車体を引き連れ、後方へと流れていく。動くものすべてがスローモーションに感じられた。死の間際に思い返すことといえば、背中毛多し・百夜の背中毛の長さと、『グリーンヘブン』にあるE弁当のことばかりだった。

 7~80代くらいのおばあちゃんが揚げ物を揚げている様子も同時に思い起され、瓜田は何故だか泣きたくなってしまった。

 E弁当は簡単に言うと男向けの弁当だ。暴力的なまでの肉祭り。神輿をかついでわっしょい、わっしょい。色合いなど気にしない。栄養素など捨て置け。ごはんに合うおかずさえあればいいのだ、という男の欲望のど真ん中を射抜くこの弁当は、ごろごろと評するにふさわしい唐揚げが二つと、分厚いハンバーグがでんと置かれている。唯一の色彩、緑のキャベツは、ボリューミーな肉の下敷きになっており、小さな弁当国における奴隷関係が見事に表現されている。ナポリタンでさえもそのようなぞんざいな扱いをされているのだから、キャベツの出る幕はない。脇役中の脇役、サスペンスドラマなら、初めに死体としてでてきた登場人物Aの友人Bと恋仲にあるが今はただの他人同士のCくらいに脇役だった。

 まず唐揚げを食す。一口では到底食べきれない程度の大きさで、瓜田は顎が外れる思いだった。顎関節症が彼の悩みでもあった。味はいたって普通の唐揚げで、普遍的だからこそ、懐かしい思いに浸れる、あの十五の夜。盗んだバイクで走り出す。行き先も分からぬまま。自由になれた気がした。十五の夜。

 続いてハンバーグを食す。こちらもどこかで食べたことのある、安心感で満たされるデミグラスソースを使用しており、懐かしい思いに浸れる、あの十五の夜。覚えたての煙草をふかし。星空を見つめながら。自由を求め続けた。十五の夜。

 仲間たちがだんだんと遠のいていく。結婚し、子供ができ、親父になる。もう十五の夜には戻れない。瓜田にはグリーンヘブンのE弁当は少し塩がききすぎて、いつも「しょっぺえなあ」と、霞む視界を空に向けながら、またご飯をかき込むのだった。

 

 瓜田を轢きそうになった車の運転手はなんとかハンドルを右に切って、ガソリンスタンドの中へ入ると、ブレーキを目いっぱい踏んで停車させた。目は血走り、口からはよだれが出ている。すぐに窓があいて、「死にてえのか、あほんだら!」と怒声。瓜田はといえば、昔の血が騒いで言い返しそうなものの、あまりに急の出来事だったため声が出せず、足は震えるばかりだった。

 やはり十五の夜には戻れないらしい。大人になった瓜田は、命あることをただただ感謝し、静かに地面へへたり込んだ。

 

 

『グリーンヘブン』

所在地:茨城県稲敷市駒塚601−2

電話:029-892-1250

営業時間:?

定休日:?

 

 

この物語を初めから追いたいならこれを読むべし!

 

mohou-miyabe.hatenablog.com

 

 

追記

最近写真撮るの忘れること多し

ちなみにE弁当の本体価格は550円。

大盛は+50円とロープライスで販売されているよ。やったね。