inasikinohanasi日和

茨城県稲敷市地域おこし協力隊が稲敷について語ります。

稲敷郡美浦村にある『あたり屋』を小説風に紹介してみた!

 NBOXから見える景色は田園風景ばかりだった。

 感情の赴くままにアクセルを踏むので、時速はゆうに八十キロを超えていた。ハンドルを切る手にも次第に力がなくなっていって、カーブを曲がる刹那、対向車とあわやぶつかる寸前だった。当たり屋と思われてもしょうがない所業を繰り返して、美由紀は、NBOXを爆走させた。

 行くあてはない。近くを電光石火のごとく疾走し、風をきってすべてを忘れるだけだった。途中、工事なのか、異様に続く渋滞が起きていて、対向車の車もろくすっぽ確認しないままUターンし、別の道を走る。

 車は走行を続け、いつの間にか稲敷から離れ、美浦村までやってきていた。趣のある店に目をひかれ、特にお腹もすいていないのに駐車場に車を停める。

『あたりや食堂』と呼ばれるこの店は、50年以上続く老舗料理店である。座敷に案内され、美由紀は、キャットフィッシュと呼ばれるアメリカナマズを使用した天丼、『霞天丼』をオーダーした。

 見た目はただの天丼だ。ナマズインパクトを求めていた美由紀は「なあんだ」と、独り言を呟いた。

 具材を確認してみる。ピーマン、かぼちゃ、レンコン。地元でとれた新鮮な農産物をフル使用している。これは楽しみだ。美由紀のよだれは壊れた蛇口のようにただ漏れだった。

 そしてとうとうこの丼のドン、ナマズ様をゆっくりと持ち上げる。ずっしりと重い。箸で中を視察してみる。ナマズ様のご登場だ。なるほど、ナマズ様は白身なのか、と美由紀は驚いた。これは美由紀の勝手な思い込みだが、ナマズといえば汚い川に生息しているものと了見していたので、白色がナマズの正体と言われてもあまりピンと来なかった。腹黒だと思っていた友人が、捨てられていた子犬を拾っていたくらいの衝撃を受けた。

 ナマズ様は最後のお楽しみでとっておき、美由紀はまずピーマンのてんぷらを口に入れた。にがみが羽毛布団のように優しく広がっていく。それに相反して、カボチャのてんぷらはフルーツのように甘い。ピーマンの苦みを浄化していく。

 続いてレンコンを食す。レンコンはさもさっき取ってきてすぐ油に通したのかと思うほどシャキシャキとしていた。

 そうして待望のナマズ様を口に放り込む。臭みはほぼ感じない。口に入れて噛み、ふんわりとした触感を感じて、のど元まで下りてきたときにようやっとナマズ独特の臭さを感じるが、それも大した臭みではなく、パクチーなどと同様に癖になる臭みだった。

 この定食には、天丼のほかに、ナマズの練り物が入ったお吸い物がつけられているのだが、こちらのナマズはおそらく好き嫌いがはっきり分かれる臭みで、天丼のナマズ様よりも臭みが強い。しかし決して食べれないほど臭いわけではなく、より近くにナマズ様を感じたいときに適したお吸い物だろう。

 キャットフィッシュ。おお、キャットフィッシュ。フィッシュフィッシュキャットフィッシュ。フィッシュフィッシュキャットフィッシュ。

 これは「あたり」だ。美由紀は歯に詰まった天かすをつまようじでとって、満足そうに店内を後にした。

「ねえ、きみ!」

 呼び止められ、美由紀が振り返ると、そこには見知らぬ青年が立っていた。

「ええ、と。どこかでお会いしたことありましたっけ?」

「本当に覚えてないの?」

「ごめんなさい。会社関係の?」

 青年は答えない。

「じゃあ料理教室で?」

 青年は苦笑い。

「でないとすると、母親のお友達かなにか?」

 青年の眉が曲がる。

「しょうがない。分からないようだから教えてあげよう」

 青年が笑う。

「おれが君の婚約者だ」

「ふぇ、ふぇえ?」

 くわえていたつまようじが地面に落ち、ころころと転がって、この場から一番逃げ出したい美由紀を置いて、排水溝に吸い込まれていった。

 

 

 

 

『あたりや食堂』

所在地:茨城県稲敷郡美浦村大谷1621−1

営業時間:11時00分~20時00分

定休日:火曜日

電話: 029-885-2016

 

 

 

 

この物語を初めから読みたいならこれを読むべし!

 

mohou-miyabe.hatenablog.com

 

 

 

追記

稲敷じゃなくて稲敷郡

美浦村は金持ち村らしい

あーあ。宝くじ当たんないかな。買ってないけど。