稲敷の名所を小説風に紹介してみた!
「この人ストーカーなの」
と、伊奈帆はつぶやいた。
車に轢かれそうになってその場に倒れ込んだ男を指さし、敷島に抱きつく。
「わたし、こわくてこわくて……」
「は、はぁ……」
今日の敷島は朝からさんざんだった。
ヤンキーに絡まれ、殴られ蹴られ、彼女には逃げられ、美少女に助けられたかと思いきや、会った時から訳の分からないことばかりしゃべり続けている。その腕には、リストカットらしき傷跡があった。
とにかくこの場から一刻でも早く逃げ出したい。敷島の本音は、そのやるせなく口の開いた顔からにじみ出ていた。
「とにかく! 無事誰もケガすることなく一件落着したんだから、今日のところはみんなにこやかに解散しよう! にっこにこー!」
「いや、まだ話さなきゃならねえことがある!」
屈強な男は、九死に一生を得た直後だというのに、少しも弱みを見せない強い語気でいった。
「伊奈帆、その男はだれだ!」
「なんでストーカーさんに教えなくちゃいけないの?」
「はあ? ストーカー?」
「ここ最近、ずっとうちの近くでうろうろしてるでしょ!」
「そりゃあ、お前からの連絡が途絶えて、なにかあったんじゃねえかと心配になって……だな」
「信じないで!」
蚊帳の外にいた敷島の腕をつかむ伊奈帆。
「初めは郵便受けに手紙が入ってて、私宛に。でも消印もなにもないから、直接郵便受けに入れたんでしょう。どうやって私の家を知ったの?」
「どうやっても何も……」
屈強な男に、初めて狼狽が見えた。
「私、知ってるんだから。あなた、警察に追われてるでしょ!」
「あ?」
「窓から見てたの。しつこくやってくるあなたを。そうしたら、あなたの後ろを追いかけてくるスーツ姿の人たちが」
「サツ?!」
男の狼狽が焦りに変わっていく。
「たしかに、追われる理由はあるにはあるが、お前をストーカーしているからではねえ。そんな女々しいことをするような奴に見えるか?」
男はなぜか敷島に問うた。敷島は彼の膨れ上がった二の腕を見て、首を横に振るしかなかった。
「ところでお前は伊奈帆のなんなんだ?」
男の視線が完全に敷島を捕らえる。
「ぼ、ぼくは……」
「私のボディーガード。警察官Aよ」
「A?!」
「あそこの電柱の影にはBが。整体院のなかにC。ほかにもたくさん、ストーカーさんを捕まえるためにやって来た警察官がいるわ。もう逃げられない」
屈強な男が一歩後ずさる。伊奈帆に背中を押された敷島が、よろめきながら前へ進む。と同時に、男が全速力で駆け出した。その大きな図体には似合わず、初動の速さはピカイチで、あっという間に姿が見えなくなる。
「一体全体なんだってんだろう?」
「分からないことだらけ?」
「どこからどこまでが本当のことで、嘘なんだ?」
「周りに警察官がいるってところは嘘。あの人がストーカーしてるっていうのは本当」
「ううん。警察官は本当にいるよ」
「え?」
今度あっけにとられたのは、伊奈帆の方だった。
「僕が警察官だ」
引きずる足をかばってもらいながら、敷島は家まで戻ってきた。車で家まで送ると提案したが、伊奈帆は「面倒ごとを増やしたくないから」という謎発言で断った。代わりに、「生命力を感じられる場所に行きたい」との指示を受け、敷島は車を転がした。
小野川を超え、新利根川を越えた先に、新利根共同農学塾農場が現れる。広い草原に放たれた牛が、のびのびと。
草を食べる牛、寝そべる牛、尻の匂いをかぐ牛、様々な牛が大草原に放たれている。せせこましく人間であることに疑問を感ぜずにいられなかった。
「わたし、もう少しだけ、ここにいたい」
地面にしゃがみ込む伊奈帆に、敷島は声を掛けることができなかった。
『新利根共同農学塾農場』
電話: 0299-79-2024
この物語を初めから見たいならこれを読むべし!
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